シングル「マニフェスト」と「携帯電話」を昨年6月に突如2枚同時発売し、幾つかのフェスに出演したRADWIMPS。今年はこの「DADA」を出した後、続いて2月にシングル「狭心症」、3月には『アルトコロニーの定理』以来2年ぶりのアルバムをリリースし、4月からはツアーと、いよいよ本格的に活動再開である。
それにしても攻撃的な曲だ。前2作の「マニフェスト」と「携帯電話」は、アイリッシュ・トラッドやカントリーのテイストを持った、穏やかで優しくユーモラスな楽曲だった。だが、この「DADA」はマーチング・バンドのように連打される太鼓から始まり、電話のベルやスクラッチを混ぜつつ、轟音ギターでブレイクするミクスチャー・ロック。「おしゃかしゃま」の発展版と言ってもいいだろう。とはいえサウンド以上に強烈なのが、野田洋次郎の辛辣なスポークン・ワード。“生きてる間すべて遠回り すべて大回り”なのに、我先に前へ行こうとする現代人を“鬼畜の極み 南無阿弥陀仏”と断罪する言葉の連射砲ぶりには驚嘆を禁じ得ない。人は生を受けた瞬間から死という出口に歩むという事実を把握した上で“近道がしたいなら すぐそこにあるよ 壱、弐の、参で 線路へ”などと歌う偽悪的なコーラスも衝撃。常識に反旗を翻す反芸術=ダダイズムと、駄々と、ダダ漏れの言葉遊びのようなタイトルといい、パズルのように複雑なアンサンブルながら抜けのある音像といい、ラッド活動再開の狼煙として最適な1曲。
一転して、弾き語りにバンドが寄り添うようにフォーキーなブルースのカップリング「縷々」も好曲だ。(青雪吉木)