歴史に“もし”はないというが、このバンドが存在しなかったら、90年代にミュージック・シーンを席捲したヴィジュアル系バンドのほとんどは存在しなかった、といっても過言ではない。――超ド派手なルックスと、見掛け倒しに終わらない音楽性の確かさ、メンバーのキャラクターの立ち方も相まって、空前のウルトラ・スーパー・バンドに成り上がったX JAPAN。
彼らのサウンドはヘヴィ・メタルに裏打ちされたもので、「紅」(89年)に代表されるような叙情性とスピード感が一体となったハード・ナンバー、「ENDLESS RAIN」(89年)を筆頭とする壮大なスケールのバラードが2本柱となっている。メイン・コンポーザーはYOSHIKIだが、他のメンバーそれぞれの嗜好を活かした曲もアクセントとして機能。――YOSHIKIの2バス・ドラムやピアノ演奏を中心に、HIDEのエキセントリックなギターやTOSHIのハイトーン・ヴォイスが融合され、渾然一体となったXワールドは、まさに“無敵”だった。
リリースされたオリジナル・アルバムは4枚(うち1枚は、YOSHIKIによるオーケストラ・アルバム)と少ないが、そのサウンドがミュージック・シーンに与えた影響は絶大である。その後、97年4月にTOSHIが脱退を発表、00年の再結成を告知した上で、97年のNHK紅白歌合戦を最後に解散した。
『2000年再結成』までの間、各メンバーはソロ活動を展開する。中でもHIDEは、“hide with Spread Beaver”名義で精力的に活動をスタート。が、そんな矢先、98年5月2日にHIDEが急逝、これによりX JAPANの再結成は叶えない幻となった。HIDEの死は、X JAPANというバンドを解散早々伝説化させる要因になったのだ。
YOSHIKIはHIDEの死を中々受け入れることが出来ず、再結成は無いと誰もが思っていたが、X JAPANが解散し10年、結成から25年、メジャー・デビューから18年が経過した07年10月、公式サイトにて『緊急告知』という形で活動再開が正式に発表され、新曲「I.V.(アイヴイ)」がハリウッド映画『SAW4』の全世界メイン・テーマ・ソングに抜擢、この楽曲でX JAPANは念願の全世界デビューを果たすこととなる。この曲には、亡きHIDEのギター音をデジタル加工して使用するなど、紛れもないX JAPANの楽曲として制作された。
08年3月、東京ドームにて2Daysの復活ライヴ『X JAPAN 攻撃再開 2008 I.V.〜破滅に向かって〜』を開催。28日は「破壊の夜」、30日は「創造の夜」と命名され、「HIDEがいたときと同じ配置で行く」と改めて『5人のX JAPAN』によるコンサートであることが強調された。復活公演以来サポート・メンバーとしてともに活動していたSUGIZOが6人目のメンバーとして正式に加入。こうして、HIDEの命日でもある09年5月2日・翌日3日に、『6人のX JAPAN』による初公演となる『X JAPAN WORLD TOUR Live in TOKYO 〜攻撃続行中〜』を敢行。新たに加わったSUGIZOのヴァイオリンとYOSHIKIのピアノによるコラボレーションなど、6人編成になったことによる新しい要素も見られた。